大判例

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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)834号 判決 1978年5月18日

控訴人 詫間弘美

右法定代理人親権者父 詫間博

同母 詫間アヤコ

右訴訟代理人弁護士 服部素明

被控訴人 新庄滋

右訴訟代理人弁護士 峰島徳太郎

同 鈴木健弥

同復代理人弁護士 西村義明

被控訴人 奥角彰宏こと 奥角作一

右訴訟代理人弁護士 徳矢卓史

同復代理人弁護士 布施裕

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人らは控訴人に対し各自一、三一六、二〇一円およびこれに対する昭和四七年一二月三日から支払の済むまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの各負担とする。

この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

一  控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し各自二、〇八一、八〇二円およびこれに対する昭和四七年一二月三日から支払の済むまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人らは、控訴棄却、控訴費用控訴人負担の判決を求めた。

二  当事者双方の主張および立証の関係は、次のとおり附加、訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決六枚目表七行目「同1(二)は不知」を「同1(二)のうち控訴人が火傷を負ったこと、本件蛇口が離脱したことは認め、火傷の原因が流出した熱湯によるとの点は否認し、その余は不知。」と訂正する。

(二)  同六枚目表八、九行目「請求原因2(一)のうち分離の部位は不知、その余は否認する。」を「請求原因2(一)は認める。」と訂正する。

(三)  同七枚目裏六ないし八行目を「2請求原因2(一)は認める。」と訂正する。

(四)  《証拠関係省略》

理由

一  控訴人の父詫間博が昭和四四年(以下特に記載しない限り、すべて昭和四四年)一一月二三日被控訴人新庄から本件ガス湯沸器を購入し、同被控訴人が同月二六日控訴人方台所に右湯沸器を取りつけたことは控訴人と被控訴人新庄との間では争いがなく、被控訴人奥角の関係では、《証拠省略》によると、右事実を認めることができ、反証はない。そうして翌一一月二七日被控訴人奥角が本件湯沸器から浴槽への本件給湯工事を施工したこと、同日控訴人が右浴槽内で入浴中火傷を負ったことは、当事者間に争いがない。

二  そうして当裁判所も、右火傷の原因は、控訴人が浴槽内で蛇口に向って立っていたところ、蛇口が水栓ソケットより脱落したため右個所から流出してきた熱湯を浴びたためであると推認するのであり、その理由は、原判決九枚目裏一〇行目ないし一二枚目裏一〇行目と同一であるからこれを引用する。ただし、一一枚目表八、九行目「本件水栓ソケットから水(但し加熱されたものかどうかは不明)が流出している」を「本件水栓ソケットから湯が流出している」と改める。

三  そこで本件蛇口脱落の原因につき検討する。

(一)  本件湯沸器および給湯装置の概要は、二で引用した原判決理由の説示するところであるが、その詳細につき更に補充的に検討すると、《証拠省略》を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

本件湯沸器に、パロマPH―六号E型多栓式瞬間湯沸器であり、給湯管は積水化学製水道用硬質塩化ビニール管「エスロンパイプ」直径一・三センチメートルであり、本件で使用された長さは三・九メートルで、保温のため発泡ポリエチレン製のチュープ(調査嘱託の結果に添付された資料1―水道用エスロンパイプカタログ改訂七版―二四頁参照)をかぶせその上からビニールテープで被覆してあった。右給湯管の先端には、水栓ソケットがとりつけられていた。水栓ソケットは、エスロンパイプと同質の塩化ビニール製の管であるが、その先端部附近の内側には環状の金属が埋めこまれており、金属の内側に雌ネジが刻んである。右雌ネジに本件蛇口の刻まれた雄ネジの部分が接合するようになっていた。被控訴人奥角は雄ネジの周囲にシールテープを巻きつけ、モンキーペンチを用いて蛇口を水栓ソケットにねじこみ、蛇口をソケットに接合させた。ところが本件においては、前記環状の金属が、水栓ソケットの塩化ビニール製部分と分離し、蛇口の雄ネジに噛み合ったまま、蛇口とともに脱落した。右のとおり認めることができ反証はない。

(二)  そこで右脱落の原因について審究することとする。本件湯沸器が摂氏二〇度ないし八〇度の湯を供給することを予定していたことは前示のとおりであるが、調査嘱託の結果によると(資料2―耐熱性硬質塩化ビニール管エスロンHTパイプカタログ改訂一版―四七、四八頁、資料3―同カタログ改訂六版―八頁)、瞬間湯沸器も温度調節ハンドルを高温にし、少しずつ湯を出すと、ついには摂氏一〇〇度を超える高温蒸気を噴出し、火傷をするおそれがあり、配管の長さが五メートルの場合の蛇口の湯温が一二一度に達した実験結果も存在するのであって、そのような高温蒸気の発生を阻止するため、エスロンサーモトップと称する異常昇温自動防止装置も開発、市販されていることが認められるのである。他方、同じく、調査嘱託の結果によると(前記資料1、三三頁)、水道用エスロンパイプの塩化ビニールは、摂氏七五度ないし八〇度で軟化が目立つようになることが認められる。ところで《証拠省略》を綜合すると、当時アヤコは控訴人に対し湯を少しずつ出すよう指示したところ、控訴人がなお湯がぬるいというので、アヤコが温度調節ハンドルを高温にしたところ、やがてパンと音がして蛇口が脱落したことが認められる。右各事実を併せ考えると、当時、供給されていた湯が徐々に高温になり、前記の環状の金属の周囲の塩化ビニールを軟化させ、金属が脱落しやすい状態になった時に、湯沸器内部で高温蒸気が発生し、配管内の高温の湯を強く押し出し、蛇口を吹き飛ばしたものと推認することができる。

乙第三号証をもってしては前認定を左右するに足りず、本件水栓ソケットの材質に何らかの欠陥が存在したことについては立証がない。また原審証人駒井信一の証言によると、本件の刑事事件の捜査を担当した警察官の駒井は、昭和四六年二月一一日に至り、本件蛇口(弁論の全趣旨によれば、本件蛇口は水栓ソケット等と共に警察に押収されていたが、その後所在が不明になったことが認められる)の鶴首の部分に小指の先位の乾いた脱脂綿が附着しているのを発見したことが認められるが、右の脱脂綿がそこに附着した時期、ひいては蛇口脱落との間に因果関係があることについては立証がない。

四  ところで調査嘱託の結果によれば、積水化学では昭和四〇年から耐熱性硬質塩化ビニール管エスロンHTパイプ(水栓ソケットを含む)を製造販売し、摂氏一〇〇度の高温に堪え得るものとして湯沸器の配管用等に推奨していたことが認められるから、関係業者である被控訴人らは本件当時右事実を知っていたものと推認するのが相当であり(《証拠省略》中には、右に添う部分が存在する)、被控訴人奥角において本件配管を施工するにつき右のような耐熱性のビニール管(水栓ソケットを含む、以下同じ)を用いず、水道用のビニール管(同前)を用いたことが本件事故発生の有力な原因となったものといわねばならない。

五  右配管用ビニール管選択の誤りは被控訴人奥角の過失と解されるのであり、《証拠省略》によると、当時瞬間湯沸器の配管を水道用ビニール管で行うことは一般になされていたこと、同被控訴人は配管後実際に湯を出してテストして見たこと(《証拠省略》中右と牴触する部分は採用できない)、控訴人母アヤコに対し風呂への給湯は温度調節ハンドルの目盛の二、三位で適温であることを告げたことが認められるけれども(因に《証拠省略》によれば、右目盛は、低、一ないし七、高と刻んであることが認められる)、だからといって右配管資材選択の過りが過失でなくなるわけではない。

六  被控訴人新庄と同奥角との関係は、後者が前者の被傭者であるとの点については立証がないが、《証拠省略》を綜合すると、新庄が元請人で、奥角が下請人の関係にあること、両者は永年提携して、新庄は瞬間湯沸器の販売、取りつけ、奥角は配管を施工して来たこと、右施工には従前から水道用ビニール管を使用していたこと、が認められるのであるから、本件の場合においても、新庄は奥角をして配管工事を施工させるに当り、特に注意を与えなければ奥角が水道用ビニール管を用いて配管することを予測できたものと推認することができるのであって、このような場合に耐熱性ビニール管を用いるように指示しなかったことは、元請人としての指図に過失があったものと解すべきである。原審における被控訴人新庄の供述中、同被控訴人が被控訴人奥角を控訴人方に紹介したに止まるとする部分は採用できない。

七  《証拠省略》中には、配管が済んでも、今一度被控訴人新庄において点検し、湯沸器に煙突を設備してから控訴人方に引渡し、使用を許諾するのであって、控訴人母アヤコは、まだ引渡、使用許諾を受けていないのに敢えて使用したのであるから、被控訴人らに責任はないとする部分があるが、右部分は《証拠省略》に照らして措信できない。右《証拠省略》によれば、一一月二七日の配管およびテスト後に、アヤコは奥角から風呂への給湯装置をもう使用してもよいといわれたことが認められるのである。

八  してみると被控訴人奥角は民法七〇九条により、同新庄は同法第七一六条但書により、控訴人が本件によって被った損害を各自賠償する義務がある。

九  しかし控訴人法定代理人アヤコにも不注意がある。すなわち、同人は、当時満七才の少女である控訴人が入浴している浴槽に向けて、初めて使用する装置を利用して給湯しようとするのであるから、まず手元にある炊事場の蛇口から湯を出してみて温度を確めてから、浴槽への給湯に切り替えるように注意すべきであったのに、漫然直ちに高温の湯を供給しようとした。また控訴人の火傷後は、患部を水道水等で冷やし、清潔なガーゼかタオルでくるんで病院に行くことが常識的な措置であったのに、《証拠省略》によれば、同人は控訴人の体を拭き、患部に松やにエキスを塗布したこと、そのため患部の一部は皮膚がむけたこと、控訴人に衣服を着せてから病院に赴いたこと、が認められるのであって、右もまたアヤコの不注意であったといわなければならない。そうして右不注意は、アヤコの立場上控訴人の不注意と同視すべく、かつ本件事故の発生および損害の拡大に加功したものと解せられるから、損害賠償の額を定めるにつきこれを斟酌するのが相当である。

一〇  そうして、控訴人の火傷の部位、程度は前示のとおりであるが、なお、《証拠省略》を綜合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

控訴人は昭和四四年一一月二七日から昭和四五年一月二五日まで交野病院に入院し、その後同院に通院して治療を受け、ついで関西大学付属病院成形科に通院し、同科廃止に伴い、大阪赤十字病院成形科で治療を受けた。そうして控訴人は中学一年および二年の夏休みに成形手術を受けたが、昭和五三年三月現在、なお今一度成形手術を受ける必要がある。交野病院の入院費は、保険給付の部分を除き二〇〇、〇〇〇円であったが、これは被控訴人両名が支払い、かつ右両名は見舞金として控訴人に対し一〇、〇〇〇円を支払った。控訴人は右のほか交野病院に四九、八四五円、七、一一〇円、関西大学付属病院に五、七六〇円を支払い、ガーゼ、タオル等二六、五八七円を購入した。右のとおり認めることができる。そうして本件の事実関係に鑑みると控訴人に対する慰藉料は、前示アヤコの不注意を考慮に入れないなら二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

一一  してみると控訴人の損害は、以上合計二、二八九、三〇二円となる筋合であるが、控訴人側には前示の不注意があり、ことにアヤコの事後措置に関する過失は、それがなければ後遺症の程度が局限されたと推認されるところから、三分の一の割合で過失相殺を行うこととし、被控訴人らをして一、五二六、二〇一円を賠償させることをもって相当と認める。そうして被控訴人らは、前示のとおり二一〇、〇〇〇円を支払ったのであるから、これを一、五二六、二〇一円から差引くと一、三一六、二〇一円となる。

一二  してみると被控訴人らは控訴人に対し各自一、三一六、二〇一円およびこれに対する不法行為の日の後である昭和四七年一二月三日から支払の済むまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があるものというべく、控訴人の請求はこの限度で正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。しかるに原判決の結論はこれと異なるから、原判決を変更することとし、民訴法九二条、八九条、九三条、一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂井芳雄 裁判官 乾達彦 富沢達)

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